2019年4月15日月曜日

べんきょう

先月31日もまた貴重な時間を過ごさせて頂きました。
いつも帰ってから、「うちの家ではどうなのか」「私はどうなのか」と考えられることばかり事例提供していただいて感謝してます。
今回の事例は「べんきょう」がキーワードでした。この川西アドラー勉強会にも「べんきょう」という言葉がついてますが、「勉強」や「べんきょう」という文字を眺め続けてると、「こんな言葉あったかな?」とふと思ってしまいます。。
べんきょう、ってなんだろう…みたいな気持ちに。。

うちの娘たちには、アドラー勉強会やパセージなどの講座へ行くときに、「べんきょうに行ってくるね」と伝えると、上の娘は「ああ、あの怒らなくなるやつな。怒ってるけどな」と言われて、下の娘には「べんきょうきらい」と言われます。なので、下の子は「べんきょう」という言葉は嫌いで育っていくので、この先どうなるのかな。。でも、私の想像する「べんきょう」と今の彼女のいう「べんきょう」はなんか違うだろうから、そのうち彼女の中で言葉の理解が変わるかな、と思ったりしてます。

そんなこんなを考えながら、31日の事例を考えさせてもらって、ロールプレイもさせてもらいました。お母さんの不安を解決する糸口は、パセージの中にいっぱいある、と感じます。当人の事例提供してくれたメンバーさんもそれは分かっていました。でも、子どもさんがうちよりも大きく成長していると、生まれる不安も大きい。アドラーとは違ったアプローチも必要なように感じてくる不安…
ああ、いつか私にもこの時が何年後かにやってくるんだろうな…と思いながら聴いてました。

おしるこちゃんの進行のもと、エピソード分析が進んで。。
子どもさん、お母さんの適切なところが次々と上がっていき…
私はパセージに関係ない言葉がで何度も出そうで、それを止めるのが自分で勝手に困っていました。。ついつい口から滑りそうになるなんの根拠も無い言葉だったり、そこは本人が「こうですよね」と行き着くべき所はこちらからは触れないでいるというか。。

お子さんも、お母さんも真っ直ぐに生きてこられて、だからこそ成長したお子さんとぶつかっておられるエピソードでした。
最後に元号の話となり、なんだろな、と心待ちにする人は穏やかな心の持ち主だな、と思いました。